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「正しい」という字は「一度止まる」と書くでしょう。1日5分でいい、座ることを続けてください

曹洞宗 林泉寺34代目住職
江田真人さん
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修行時代のエピソードを聞かせて下さい

修行に出たのは21歳の時。大本山・総持寺および大雄山・最乗寺で4年間修行をしたのですが、厳しかったですね。まだ道場に入ったばかりの頃、お碗をひっくり返したことがありましてね。するとお寺の長い参道を引きずって行かれ、「お椀一つきちんと扱えない者に修行する資格はない」と言われて山門から放り出された、そんなこともありました。修行と通して形を整えることの大切さを教わりました。曹洞宗の道場では、物を扱う時は両手の三本指で持つなど、厳格な礼儀作法が決まっているんです。日常的にそれを実践するのは難しいですが、ボールペンを取ろうとする時、「本来なら両手で」という気持ちが働くと、取ろうとする対象に瞬時に集中できる。生活の中で、今己のすべきことを瞬時に判断し、行動に移していくことが大切なんです。 |
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坐禅をすると、集中力がつくのでしょうか?

曹洞宗の坐禅のいちばん大きな特徴は、そういった目的や期待を一切認めないことです。淡々と自分を整えていたら、たまたま集中力がついた、それだけのことです。それは付録でしかないんです。では、何のために坐禅するのか? それは、自分で実際に坐禅をして導き出すしかないんです。禅の知識を知りたければ、本屋に行けば沢山の関連本が売っています。でもそれは頭の中の知識でしかない。実際に坐禅を組んで呼吸を整えてみなければ、その時の心の有り様は分からないんです。 |
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禅とは何でしょうか?

特別な修行法があると思っている方が多いようですが、禅の修業というのは坐禅だけでは成り立たない。朝起きること、食事、トイレ……それらも、坐禅と全く同じ修行なんです。また、「日日是好日」という禅語があります。「毎日が良い日」という意味ですが、「そんなことはないじゃないか」というのが率直な感想ですよね。それでも「毎日が良い日」と言い切ってしまうのが禅の本質です。苦しい経験や悲しい経験をするからこそ成長するのだと考えれば、それらの経験も良い経験になり得るのです。 |
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最後に、メッセージをお願い致します

1日5分でいい、座ることを続けて下さい。「正しい」という字は「一度止まる」と書くでしょう。一度止まって、初めて正しい判断が下せるんです。現代は止まれない人のオンパレードでしょう。坐禅を組んで姿勢が整うと呼吸が整う。呼吸が整うと心が整って静かになる。心が静かになって、そこで初めて正しい判断がくだせるんです。
取材・文/スタイルワークス |
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