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僕なりのやり方で人間を撮り続けていきたいですね

ビデオグラファー
近藤剛さん
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なぜこの世界に入られたのでしょう?

僕の父親はいつも新聞や書籍を読んでいるような人で、日本や世界で起こっていることをまだ小さい僕に聞かせてくれていました。その影響で、テレビを観ていてもそれが真実なのかどうか、自分の目で確かめたいという衝動にいつも駆られていました。今思えばそんなことが根底にあったからこそ、この世界にいるのでしょうね。本当に自然な流れで、当たり前のように選択していった感じです。大学卒業後にいくつか新聞社を受け、しかし見事に完敗。それで同じように報道関係を扱っているテレビ局の技術会社に就職しました。事件が起こると機材を担いで現場に向かい、映像に納めるという昼も夜もない生活、あれはハードでしたね。30歳を目前に一度リセットしたくて5年勤務した会社を退職。その後2年くらいは自分の本当に撮りたいものを撮っていました。現在は家庭を持ったこともあり転職し、某テレビ局の情報番組のディレクターを担当しています。 |
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情報関係だとかなり忙しいのでは?

僕の担当番組の放送は火曜日なのですが、それに向け週の後半辺りから事件を追いかけている感じですね。月曜の夜は収録した映像の編集で完全徹夜状態。スピードと集中力、正確であることが要求される仕事ですので、翌日は力尽きて死んだように眠りこけてしまいます。自分の目で見た真実をきちんと伝えている、という部分では自信とプライドを持ってやっていますが、テレビだと時間的制限がシビアですから。事件があった時だけ取り上げて、取材した人を撮りっぱなし、その後の状況や変化は追いかけられないという悲しさがあるんですよ。それはもう、かなりの消化不良状態……。なので本当に興味を持ったことに関しては、プライベートで追いかけているんです。 |
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プライベートで今、追いかけているものは?

いくつか平行して撮っているんですけど、そのなかのひとつが東京の枝川にある北朝鮮学校。以前にソウルの南北首脳会談を取材した時、ソウル支局のカメラマンがポツリと「国が分断しているのは朝鮮だけだ」と言ったことが頭の中からずっと消えなくて、日本に住んでいる在日の方を今でも追い続けています。僕は日本に生まれ、比較的安定した社会情勢の中で生活ができている。でも朝鮮半島は国が分裂したことによって、家族や親戚に会えなかったり、行き来ができなかったりという状態が続いている。それは日本人の僕にとって想像を絶する世界。しかし現に日本の社会のなかにも朝鮮の学校があり、そこで苦しみながら生活している朝鮮人達の姿があるんです。そのことをできるだけ多くの人に認識してもらえたらと思うんですよ。 |
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人を撮り続けているなかでの喜びは?

取材を通して知り合えた人達との距離が、だんだん近くなってくること。例えば今話した北朝鮮学校の人たち。もう2年近く朝鮮学校に通っているんですが、最近では行くとみんな声をかけてくれるし、笑顔もくれる。ホッと安堵できる場所になってきたんです。それこそ最初は緊張しっぱなしで、日本人というだけで警戒されていた時期もありましたから。最近結婚したんですが、朝鮮学校の先生には結婚式にも参加して頂き、今では家族ぐるみのおつきあいになっています。こんなこと、取材を始めた当初には想像もできなかった。やっぱり人との出会いが深まっていくことが感動を呼ぶし、喜びにつながりますね。 |
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今後、どうこの仕事に関わっていきたい?

朝鮮の映像はどこかで一段落つけて、発表する場を設けたい。ルポルタージュの映画にして、インターネット配信をメインにできたら、と考えています。それと同様に気になるのが、以前取材した関係で知りあった有森裕子さん。彼女は自分のマラソン人生に区切りをつけるために悔いのない走りをしたい、と今まさにトレーニングしている最中。来年引退が決まっているんですが、その最後の瞬間は僕も見届けたいですね。他にも日本の中のエイズ問題やボランティア問題など、一度取材して自分のなかに引っかかったニュースは、結果が出るまで追いかけています。最終的にはフリーランスで自分の納得のいくものだけを扱っていくのが理想。多分、人が好きなんでしょうね。手段としては映像じゃなくてもなんでもよかった。でも縁あってこの仕事をする機会に恵まれたので、僕なりに出来ることで世の中に伝えていきたいと思うんです。
取材・文/スタイルワークス |
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